座るための機械 ヨーゼフ・ホフマン

座るための機械

ヨーゼフ・ホフマン 《座るための機械》 1905年 ステイン仕上げのブナ・真ちゅうの調整棒 110.0×66.0×131.5cm

作品解説

ウィーン工房にとって最初の大きな仕事となった《プルカースドルフのサナトリウム》(1904年)の建設と内装受託に際し設計された椅子です。背もたれの格子柄は、同時代の銀製の花器やトレイ等の工芸品にも見受けられるホフマンに特徴的な様式で、球体の装飾は同じサナトリウムの食堂のための椅子にも施されました。本作品における肘掛の球体は、装飾であると同時に背もたれの角度を変える装置として機能する部材で、背もたれの両脇についたバーのかけ位置をずらすことで5段階に角度が変更可能です。フィリップ・ウエッブが1866年に制作した同じく角度調整可能なモリスの椅子からの影響が指摘されてきましたが、名称のSitzmaschineはドイツ語のSitz(座席)とMaschine(機械)を組み合わせたもので、ル・コルビュジエの、住宅は「住むための機械」(1923年)を先取りしているともいえるでしょう。家具会社J.&J.コーン社により様々なヴァージョンが製造され、脚置きのないものも現存しています。

作家紹介

ヨーゼフ・ホフマン Josef Hoffmann 1870–1956

1870年モラヴィア、ブルトニッツェに生まれる。1887年ブルノの国立高等実業学校に入学し建築を学ぶ。1892年ウィーン造形芸術アカデミーに入学、1895年に卒業し、同年、若手同士が集まって「7人クラブ」結成。アカデミーで指導を受けたヴァーグナー事務所を経て、1897年ウィーン分離派の共同創立者となる。機関紙『ヴェル・サクルム』編集室の内装も手掛けた。1899年ウィーン工芸学校の教授となり建築と応用芸術を教える(1936年まで)。アーツ・アンド・クラフツ運動、グラスゴー派の活動を視察の後、1903年ウィーン工房を共同設立、特徴的な室内装飾を発表し国内外に名を知らしめた。代表作《ストックレー邸》(1906−11年)等住宅建築を晩年まで設計。1956年ウィーンにて85歳で死去。

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