楕円形笠木のハイバックチェア,アーガイル・ストリート・ティールーム チャールズ・レニー・マッキントッシュ

楕円形笠木のハイバックチェア,アーガイル・ストリート・ティールーム

チャールズ・レニー・マッキントッシュ 《楕円形笠木のハイバックチェア,アーガイル・ストリート・ティールーム》 
1896–97年 ステイン仕上げのオーク・いぐさと馬毛の座 137.0×51.0×47.5cm

作品解説

グラスゴーのホテル経営者ジョージ・クランストンを父に持つキャサリン(ケイト)・クランストンは、1978年のクラウン・ティールームを皮切りに、父や夫の援助の元、グラスゴー市内に次々にティールームを開店しました。グラスゴー婦人美術家協会でのボランティア活動を通じて若いアーティストとの交流を深めたケイトは、ジョージ・ウォルトン(1867年生)やマッキントッシュらにティールームの内装を依頼します。マッキントッシュにとってアーガイル・ストリート・ティールームは、壁面装飾を担当したブキャナン・ストリート・ティールームに続く2件目の仕事で、ここでは家具のデザインを担当しました。本作品は「アーガイル・チェア」と呼ばれ、ティールーム内のランチョンルームの中央を貫く通路沿いに設置されたテーブルのためにデザインされた椅子です。ランチョンルームのやや面白味に欠ける壁面や全体のレイアウトを補って、空間に変化と統制をもたらすとともに、通路に面したテーブルごとにプライベートな空間を生み出したこの椅子は、マッキントッシュによる空間操作の最初の例となり、また最初のハイバックチェアとなりました。垂直に伸びる背は樹木を、楕円の笠木は雲を、柔らかな弧を描く笠木のくり抜き部分は鳥を想起させますが、その象徴的意味にはさまざまな解釈があります。

作家紹介

チャールズ・レニー・マッキントッシュ Charles Rennie Mackintosh 1868–1928

1868年、英国スコットランドのグラスゴーに生まれる。16歳でジョン・ハチソン建築事務所に弟子入りし、夜は改革者フランシス・ニューベリが校長となったグラスゴー美術学校に学ぶ(1883–1894年)。1889年、21歳で地元の有力設計事務所であるハニマン&ケピーに加わり、ハーバート・マックネアの同僚となる。1年後、グラスゴー美術学校でマーガレットとフランシスのマクドナルド姉妹と出会い、まもなくこの3人とマッキントッシュは「ザ・フォー(4人組)」と呼ばれ、唯美主義や象徴主義、そして神秘主義に傾くグラスゴー派を牽引する。1897年、グラスゴー美術学校新校舎の設計コンペに勝利。1890年代後半から1900年代前半にかけ、キャサリン・クランストンが経営するティールーム内装や「クイーンズ・クロス教会」(設計:1897年)等の公共的建築を次々に手がけている。また世紀の変わり目からは、「ヒル・ハウス」(設計:1902年)等の住宅設計や、第8回ウィーン分離派展(1900年)等、海外の展覧会への参加など、さらに活動の幅を広げる。1913年、ハニマン&ケピー&マッキントッシュ建築事務所を退所。妻のマーガレット・マクドナルドとともにグラスゴーを離れ、テキスタイルデザインや水彩画に若き晩年を託す。1928年、ロンドンにて60歳で死去。

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