アームチェア ヘリット・トーマス・リートフェルト

アームチェア

ヘリット・トーマス・リートフェルト 《アームチェア》 デザイン:1918年, 製作:1919-1921年頃 ステイン仕上げのパープルハート 74.5×65.0×65.5cm

作品解説

20世紀を代表する前衛芸術運動デ・スティルの思想、そしてモダンデザインを象徴する椅子として、《レッド・ブルーチェア》の名でデザイン史に不動の地位を築く肘掛け椅子です。7本の横木、6本の支柱、背板と座板、2枚の肘板が組み合わせたこのシンプルな椅子は、赤、青、黄の基本色と黒の塗装でよく知られていますが、4色塗装のバージョンが登場するのは1920年代に入ってからで(おそらく1923年頃)、それまでは木目を生かしたステイン仕上げか単色塗装でした。リートフェルトは、椅子の使用目的と機能、そして木という素材の特性に従って椅子のかたちを考え、そのかたちを基本的な要素(パーツ)に分解します。そして各パーツを単純化した上で、組み上げました。そこに現れた椅子は、椅子の本質的な構造そのものであり、素材である木の可能性の表現です。さらにそれは、家具職人リートフェルトの技術と経験の成果であり、新しい創造とライフスタイルを見つめる若き芸術家のひらめきの実現といえるでしょう。この椅子はユトレヒトの建築家ピエト・エリングの注文を受けて、リートフェルト自身が製作した2脚の内の1脚で、もう1脚は現在、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館に収蔵されています。

作家紹介

ヘリット・トーマス・リートフェルト Gerrit Thomas Rietveld 1888–1964

1888年、オランダのユトレヒトに生まれる。12歳より父親の工房で家具職人の修業を積む。1904年、父親の工房を離れ、昼間は斬新なスタイルの製品を生み出す銀器工房で図案家として働き、夜間は地元の美術工芸学校や建築塾に学ぶと、新たな芸術やライフスタイルを求める時代の動きに触発される。1917年にリートフェルト家具工房を設立。1919年、テオ・ファン・ドゥースブルフと出会い『デ・スティル』誌の同人となる。1924年、トリュース・シュレーダー=シュラーダーの依頼により設計したシュレーダー邸が竣工。20年代、30年代を通じて、数々の実験的デザインを発表した。戦後はオランダ復興の想いを胸に、校舎や集合住宅の設計、アムステルダム市立美術館の展覧会デザイン、ヴェネツィア・ビエンナーレのオランダ館などを手がけた。1964年、ユトレヒトにて76歳で死去。2000年、シュレーダー邸が世界文化遺産に登録された。

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