作品 三上誠

作品

三上誠 《作品》 1956年(昭和31)頃 顔料,紙 119.5×121.0cm

作品解説

三上誠は、戦後間もない京都で日本画の革新を目指すグループ「パンリアル美術協会」を結成、中心メンバーとして活動しますが、ほどなくして肺結核が悪化。手術により肋骨を11本も切除し、療養による活動中断を余儀なくされました。数年後に制作を再開した三上は、人物の胸から内臓のようにも見える植物的モチーフが伸びる「胸のはな」など、闘病体験を感じさせる作品を発表します。活動再開の2~3年後に制作された本作品は、有機的なモチーフが画面全体に展開し、臓器や筋肉、爪などを想起させるその形態には病の影も見て取れますが、同時に以前から影響を受けていたシュルレアリスムに通じる作風とも言えます。自身の過酷な疾病と身体の変化に向き合いつつ、それを普遍的な「絵画」へと昇華させようとする作者の強い意志が反映された作品となっています。

作家紹介

三上誠 MIKAMI Makoto 1919–1972

1919年(大正8)、大阪に生まれ、福井で育つ。1944年(昭和19)、京都市立絵画専門学校を卒業。1948年(昭和23)、不動茂弥、星野眞吾らと前衛グループ「パンリアル」を結成。翌年、他の会員とともに「パンリアル宣言」を発表し、日本画革新団体「パンリアル美術協会」が公に発足する。1951年(昭和26)から翌年にかけ数度にわたり肺結核の手術を受け、養生のため福井に移る。このため一時絵画の制作・発表の中断を強いられるが、1955年(昭和30)より発表を再開。さまざまに作風を変化させながらも、日本画の岩絵具の原料である顔料と膠(にかわ)を用いた「膠彩画(こうさいが)」にこだわり制作を続けた。1972年(昭和47)、福井にて52歳で死去。

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