ヴィーナス・オヴ・ミロ 靉嘔

ヴィーナス・オヴ・ミロ

靉嘔 《ヴィーナス・オヴ・ミロ》 1966年(昭和41) 油彩・ミクストメディア 200.0×541.0×25.0cm

作品解説

靉嘔は、瑛九や泉茂を中心に1950年代に発足したデモクラート美術家協会の一員でしたが、1958年(昭和33)にアメリカに渡りました。ニューヨークで前衛芸術家集団フルクサスの中心メンバーとなり、エンヴァイラメントやハプニングといった新しい試みをする一方で、平面、オブジェや空間を虹色で満たす、独自のスタイルを確立しました。《ヴィーナス・オヴ・ミロ》は、1966年(昭和41)の個展「ミロのヴィーナス」(東京・南画廊)の出品作。観る人を包み込むような大画面には、唐草模様、豆電球、アクリル板、スポンジ、ガムテープ、虹色と、様々な素材や色によって、ヴィーナスのシルエットが少しずつ向きを変えながら繰り返されています。穴に指を突っ込んで箱の中身を探る「フィンガーボックス」や、押すと香水が出るボタンなど、この作品には発表当初、五感で楽しめる趣向が凝らされていました。

作家紹介

靉嘔 AY–O 1931–

1931年(昭和6)、茨城県に生まれる。本名は飯島孝雄。1953年(昭和28)、デモクラート美術家協会に参加。1954年(昭和29)、東京教育大学(現・筑波大学)芸術学科卒業。1955年(昭和30)、東京で初個展。1958年(昭和33)に渡米、1962年(昭和37)にジョージ・マチューナスと出会い、彼の主宰するフルクサスに参加。1964年(昭和39)に虹による最初のハプニング・エンヴァイラメントを発表。1966年(昭和41)、第33回ヴェネツィア・ビエンナーレに出品。福井県立美術館、宮崎県立美術館、茨城県つくば美術館、東京都現代美術館などで回顧展を開催。

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