屋上運動 前田藤四郎

屋上運動

前田藤四郎 《屋上運動》1931年(昭和6) リノカット,紙 45.0×71.0cm

作品解説

前田藤四郎は、近代的大都市としての成長著しい昭和初期の大阪で、この街のモダンな面に魅せられ、自らの表現とした版画家です。彼の代表作の一つである《屋上運動》は、どこか西洋風にも見えますが、大阪の都心が舞台です。運動する女性たちがいるのは、当時前田が広告デザイナーとして勤めていた印刷会社「青雲社」が入居していた船場ビルディングの屋上で、このビルは大阪市中央区(当時は東区)淡路町に今もあります。背景の左端に見える丸いドームの建物は、船場ビルディングの東にあった第十五銀行大阪支店ではないかと言われています。大きなポーズを取りつつも、時間が止まったような感じもする女性たちは、既存の印刷物から引用したものと思われます。当時の前田は、西洋の前衛芸術にならってコラージュ(切り貼り)の技法を自作でしばしば試していますが、《屋上運動》もそうした試みに通ずる一作です。

作家紹介

前田藤四郎 MAEDA Toshiro 1904–1990

1904年(明治37)、兵庫県明石市に生まれる。1927年(昭和2)に神戸高等商業学校(現・神戸大学)を卒業し大阪で松坂屋宣伝部に勤めるが、同年12月に徴兵され、姫路第39連隊に入隊する。入隊中の1928年(昭和3)に平塚運一著『版画の技法』を知り、独学で版画制作を始める。リノリウム板による「リノカット」の技法もこの頃に知り、生涯にわたる主要な技法となる。同年に除隊し松坂屋に復職するが、翌1929年(昭和4)に退社、義兄が経営する広告印刷会社「青雲社」でデザイナーを務めながら版画家として活動する。同年に春陽会に初出品して入選、以後1989年(昭和64・平成元)まで毎年同会に出品する。1990年(平成2)に85歳で死去。

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