朝妻舟 山内愚僊

朝妻舟

山内愚僊 《朝妻舟》 1897年(明治30) 油彩,布 2曲1隻 140.2×150.0cm

作品解説

山内愚僊は江戸の生まれ。明治半ばに来阪し、大阪朝日新聞社で挿絵画家をつとめ、大阪洋画の先駆者として活躍しました。得意としたのは美人風俗画で、本作では渡し船に乗る烏帽子姿の女性を描きます。朝妻は琵琶湖東岸にある地名で、かつては渡し船の港として栄え、遊女が舟にのり客を引くこともあったといいます。愚僊は白拍子風の衣裳や鼓など、過去の絵画に表現されてきた伝統的な姿を踏襲しつつ、舟を上から見下ろして水面に映る反射を描き込み、油絵ならではの表現を試みています。油彩画でありながら、2曲1隻の屏風形式をとり、画面の周囲の表装も手描きされています。

作家紹介

山内愚僊 YAMANOUCHI Gusen 1866–1927

1866年(慶応2)、江戸に生まれ、柳源吉、渡辺文三郎に学ぶ。1888年(明治21)、西村天囚とともに中山道を徒歩で京阪へ向かう。翌年6月、大阪朝日新聞に入社し、挿絵画家として肖像画、記録画などに腕を振るった。1892年(明治25)、松原三五郎とともに大阪初の「洋画展覧会」を府立大阪博物場で開催。三五郎と並ぶ大阪の洋画の草分け的存在であり、1896年(明治29)の関西美術会の創立、1916年(大正5)の大阪洋画会の結成などにおいて中心的役割を果たすが、いずれの団体も大阪では発展しなかった。1911年(明治44)から1年余り欧州に留学している。1927年(昭和2)、堺にて62歳で死去。

作品一覧に戻る
Copyright 大阪中之島美術館準備室 All Rights Reserved.