オランダ娘 キスリング

オランダ娘

キスリング 《オランダ娘》1922年 油彩,カンヴァス 100.0×73.0cm

作品解説

若い娘が水色の大きなガラス玉のような目を見開き、オランダの民族衣裳を着ています。両腕を椅子の背にのせて立つ姿は、下半身が闇の中で途切れ、背景の空間描写はあいまいです。キスリングが描いた他の肖像画と同様に、この絵のモデルは無表情で、ポーズしたまま凍りついたように見えます。しかし、「陶器の肌」とも形容される、まるで人形のようになめらかで豊潤な顔や腕の皮膚が際立ち、つるつるした肌が暗色を多用した衣裳や背景から輝いて浮かびあがります。キスリングは陽気で親しみやすい性格から常にエコール・ド・パリの芸術家サークルの中心にあり、なかでもモディリアーニの良き友人でした。モンパルナスを代表する画家の一人として、フランスのみならずアメリカでも名声を博した、幸せな芸術家といえます。この絵は1991年に日本で開催されたキスリングの生誕100年記念展のポスターやカタログの表紙を飾ったこともあり、日本では馴染みの深い作品です。

作家紹介

キスリング Kisling 1891–1953

1891年、ポーランドのクラクフに生まれる。1910年、クラクフ美術学校を卒業後、パリへ移る。モディリアーニなどエコール・ド・パリの芸術家やマックス・ジャコブなど文化人と親しく交友。1912年、サロン・ドートンヌに初めて出品。1914年、第一次世界大戦でフランス軍の外人部隊に参加、胸部を負傷。1924年、フランスに帰化。1927年、アンドレ・サルモンがキスリング論を刊行。1939年、第二次世界大戦で召集。1941年、ポルトガル経由でアメリカに亡命、ニューヨーク等に居住。1946年、フランスに帰国。1948年より南仏のサナリーを拠点に制作。1950年、レジオン・ドヌール勲章(オフィシエ章)を受勲。1953年、サナリーにて62歳で死去。

作品一覧に戻る
Copyright 大阪中之島美術館準備室 All Rights Reserved.