木谷千種 をんごく

をんごく

木谷千種 《をんごく》1918年(大正7) 絹本着色 6曲1隻 166.6×342.0cm

作品解説

大阪の女性日本画家として島成園や生田花朝とともに活躍した千種は、アメリカや東京、京都に暮らした時期もありますが、大阪で生まれ育っており、絵のテーマには人形浄瑠璃や文楽をはじめ地元大阪の文芸や風俗を好んで描きました。「をんごく」は盂蘭盆に遠国(おんごく)から帰る祖霊を迎える遊戯唄のことで、子どもたちが列をなして歌いながら町内を練り歩く、大阪の夏を彩る懐かしい風俗が描かれます。この年の7月、千種は幼い弟を病気で失っており、追慕の想いをこめてこの絵を完成させました。格子越しに行列を眺める若い娘は、文楽「新版歌祭文」に登場する油屋の娘お染の姿と思われますが、振り返る幼い男の子を眺める娘のまなざしは、弟の面影を探す千種の心と重なります。

作家紹介

木谷(吉岡)千種 KITANI (YOSHIOKA) Chigusa 1895–1947

1895年(明治28)、大阪市北区堂島に生まれる。本名・旧姓吉岡英。12歳で渡米し2年間シアトルで洋画を学ぶ。大阪府立清水谷高等女学校在学中より深田直城に花鳥画を学び、1913年(大正2)、上京して池田蕉園に師事。帰阪後、北野恒富、野田九浦に入門。1915年(大正4)、第1回大阪美術展覧会に《新居》、第9回帝展に《針供養》で初入選。1919年(大正8)、京都の菊池契月に入門。1920年(大正9)、浄瑠璃研究家の木谷蓬吟と結婚。同年、女性のための画塾「八千草会」を大阪の自宅に設立。帝展、菊池塾展、八千草会展で発表。1947年(昭和22)、大阪府南河内郡にて51歳で死去。

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